ここ数日、サンチャルネストは店を閉めていた。マスターからは何も聞いていなかったし、急に"しばらく休業します"とだけ貼り紙が残されていて私はひどくショックを受けた。それが…、1ヶ月とちょっと経って、私の生活からもサンチャルネストが薄らいできたかという寒い冬の日、またお店から光がこぼれていた。一瞬、状況を理解することができなかった私が店のドアに向かって走り出すまでには、20秒くらいの空白の時間があったようにも思える。

「マスター!」

ドアを開くなり私はカウンターに向かって大きな声を出した。

「あぁ、香奈ちゃん。おひさしぶり」

マスターは何事もなかったように微笑み、洗い終わったばかりのコップを拭いていた。私はカウンターまで駆け寄り椅子に飛び乗ると、自分が息を切らしていることにはじめて気づいた。

「そんなに走ってどうしたん?ほら、とりあえずお水飲んで」

差し出してくれた水をひと飲みにして、私はあいかわらずあがったままの息でマスターのほうを向いた。

「はぁはぁ…ほら、マスター、急に居なく・・・なっちゃってたでしょ?心配してたんですよ」

私の訴えにマスターは長細い目がほんとに丸くなるんじゃないかというくらいの驚きの表情を浮かべて

「うわ、心配させてしもたんかぁ。ごめんなぁ。ちょっと海外に出かけてただけなんよ。てっきり話したもんやと思ってたけど、言いそびれてたんやね。ほんまにごめんなさい」

と答えてくれた。

「このお店、大好きなんですから閉めたりしないでくださいね」

あまりにも本心で話してしまったことに気づいてちょっとだけ照れた。マスターからすると私はワンオブお客様でしかないというのに。

「ほんま、そんなこと言うてくれるん香奈ちゃんだけやわ。ほら、見てみ、太助も喜んでる」

窓際を見ると太助が外を見ながら尻尾だけを2、3度パタパタと振ってくれた。

「それにしても、どこに行ってらっしゃったんですか?もしかして、太助ちゃんも一緒に?」

私が聞くと、マスターは口元をあげてちょっと意地悪な表情をした。

「いろいろ回ってきたよ。1ヶ月あったしね。時々こうやってフラっと出かけて、新しいもの探してくることにしてるんよ」

そう答えたマスターは最後に「ま、何を見てきたかについてはまたゆっくり話してあげるから安心して」と付け加えた。

「じゃ、1ヵ月分の気持ちをこめたコーヒーでも入れてもらおうかな」

そう注文するとマスターはいつものような笑顔で「あいよ!」とカウンターの奥にへと入っていった。これもまたいつもの風景。

ここは『カフェ・サンチャルネスト』。
ちょっと落ち着いた空間に、非日常が宿る場所。
そして、戻ってきた私の一番安らげる場所。

To Be Continued ...