いつものようにドアを開けると、中はいつもとは少し違う雰囲気が漂っていた。見た感じはいつもとなんら変わりがない、ように見える。けれど、何かが違うことははっきりとわかった。

「・・・ねぇ、マスター?今日、なんか雰囲気ちがくない?」

何事もないかのようにカウンターの奥でコーヒーコップを拭いているマスターに私は思わず聞いてしまった。

「ん?あぁ、今日は休養日なんよ、店中の椅子の」

マスターの言っていることの意味がよくわからなくて私は「え?」と聞き返す。

「この店の椅子はな、時々休ましたらへんかったら機嫌悪うしよるさかい、毎週第2水曜日は椅子の休養日にしたってるんやわ」

椅子の休養日とはどういう意味なんだろうか。ということは、私が今座ってる椅子も本当は休養日なのに私が座ってしまったせいで働かざるをえなくなってしまったということだろうか。

「あ、その椅子は大丈夫やよ。当直やから」

当直と言うことは今月は休みなしだということか。私はあらためて店の中を見渡してみた。見た目は本当にいつもと変わらない落ち着いた雰囲気だけれど、たしかにわかった。いつもと比べて店全体にやる気が見られない。客を迎え入れようというような気配が見当たらない。

「へぇ。椅子もやる気のあるなしでお店の気配がこんなに変わるんだね」

「せやろ?だいたいの店は椅子に満足な休みをやってへんみたいやから、入った瞬間にわかるんや。2回目3回目と行くかどうか決めるのはそこやってこと、全然わかってへんヤツ多いわな」

マスターはちょっと得意げにそう言うと、拭いていたコーヒーカップを棚に戻した。私はあらためて店の椅子に目を向ける。

「お店がお休みの日以外にも休みをあげるなんて、マスターらしいね」

「なに言うてるねん。店の主人としてやるべきことをやってるだけや」

照れ隠しかどうかはわからないが大げさな動作でメニューを私の前に差し出しながらマスターはニッコリと微笑んだ。

「さて、なんにしましょ?」

ふっと気のきいた言葉が浮かんだので私はとっさに答えた。

「じゃ、マスターにも休憩させてあげる。 冷たいミルクで」

私の言葉に再び大げさなリアクションをしたマスターは笑いながら「そんなん言わんと。カフェなんやからなんかコーヒー頼んでーや」と茶化した。

休憩する椅子もちょっとだけ笑った気がした。そんな午後。

ここは『カフェ・サンチャルネスト』。
ちょっと落ち着いた空間に、非日常が宿る場所。

To Be Continued ...