よく晴れた夏の日の朝、起きたら僕はロビンになっていた。ロビンというのは僕の家で飼っていた犬の名前だ。前足を見た。後ろ足も見た。たしかに犬だった。意識は人間のままだったが、どんな言葉も"ワン"という音になった。唖然として小さく"ワンワン"と鳴いている僕に、縁側の戸をあけて駆け寄ってきた妹の瑞樹が声をかけた。

「ロビン! 散歩行くよー!」

瑞樹は僕の首についていた紐を掴んで、強引に犬小屋から引っ張り出した。

『イタイ!』

口に出したつもりが勢いよく"ワン!"と吼えただけの僕を瑞樹は何を勘違いしたのか、よろこんでいるようにとらえたらしい。上機嫌で歩く速度をあげていく。4本足で歩くのなんて初めての僕は、どうしてもうまく走れず、瑞樹にも追いつけない。

「あれ?あんた、今日はえらい遅いわねぇ。元気ないの?」

何も知らない瑞樹は僕のほうを心配そうに眺める。といっても、必死に歩いている僕はそんなこと気にも留めていないのだが。

「う~ん、お母さんに言っておいたほうがいいかしら…」

つぶやく瑞樹の横でヘタヘタと歩く僕は、たぶん右から見ても左から見ても"犬"なんだろう。


散歩を終えると僕はひとまず犬小屋にはいって、今後のことを考えた。まずは僕が犬であることを伝えないといけない。まずは…

『あれ?』

そこまで考えて疑問に思ったことがあった。僕がロビンになったということは、もともとの僕の身体はどうなってしまったんだろうか?僕は犬小屋から飛びだした。首から繋がっている紐が許す限り家に近づく。

「ワン!ワンッ!!」

家の中を見せてくれと叫んだつもりだが、どう考えてもただ吼えただけになった。それでも何かは通じたらしく、瑞樹が戸のところまでやってきた。

「さっきまで元気なかったのに、今はまた急に元気ね」

そう言った瑞樹の後ろに僕ははっきりと見てしまった。朝食をとる家族のテーブルの一席に、たしかに僕がいた。

「ワン!ワンッ!」

どうなってるんだ!お前は誰なんだ!そう思って吼えまくると、思いが通じたのか家の中にいる人間の僕がこっちを見た。そしてそいつは驚いた顔をして口を開いた。

「ワン」

中身はあきらかにロビンだった。

「もう~、孝之ったらまだふざけてるの? いい加減にしなさいよー」

母親が笑いながらロビンをたしなめる。傍目に見れば何気ない平日の朝。世界がぐるぐる回り、僕はうなだれるようにその場にふせこんだ。

Fin