玄関の扉を開けると秋の風が頬をなでた。このところ夏と秋の間を季節が行ったり来たりしていたので、もしかしたらとても暑い日になるんじゃないかと気をもんでいたが、どうやら天気の神様はアタシに微笑んでくれたらしい。

「じゃ、行ってくるね~!」

とりあえず扉を閉めて、家の中に向かって大きな声を出す。台所で父親の朝ごはんの準備をしていた母親がエプロンで手を拭きながら玄関まで出てきた。

「あんまり無理するんじゃないよ、いつでも帰ってきていいんだから」

母親は昨日の夜にもアタシに言った言葉をもう一度投げかけてくる。

「わかってるって。おばさんに迷惑かけないようにするから」

あんまりここに長くいると母親に泣きつかれてしまいそうだ。"家を出て東京に行きたい"と初めて母親に言ったときのことを思い出した。この街は嫌いではないが、この街から出たことがないということがアタシにとってのコンプレックスになっていた。幸い親戚が千葉にいたこともあり、アタシは上京を決めた。

「たまには帰ってくるようにするよ。それにケータイがあるんだから、いつだって連絡取れるんだし。あ、バスの時間…」

いまだに心配そうな母親に背を向けると、アタシは再び玄関の扉を開けた。さっきと同じ秋の風は、もう一度アタシの頬をなでる。

「よっし!」

空高くにかかる薄い雲を見上げると、アタシの足はどんどん軽くなった。羽が生えてこのまま飛べそうな感じは、きっと期待によるものだろう。一本前のバスがアタシの横を通り過ぎていく。今はまだこの街にいるけれど、心だけはずっと先の、東京にいるアタシのものになっていた。

Fin