その少年は、ちょっと変わった色をしたビンを手に持って何かに取り付かれたようにそのビンを見つめていた。ちょうど、青空に浮かぶ雲が流れていくかのようなマーブル。少年がビンを振るたび、雲模様はゆるやかに変化して、本当に雲が流れているかのようだった。

「ねぇ、そのビン、ちょっと見せてくれない?」

僕は少年に近寄ると、できるだけ優しい声を出して少年に話しかけた。少年は僕のほうにチラリと視線をよこすと、何も言わずにまた視線をビンに戻した。当ての外れてしまった僕は、少年の横で少年とともにそのビンを眺めた。透き通るような青色なのに、ビンの中は見えない。あるいは表面を流れていく白い斑模様が、中身のせいだというのだろうか。

「ねぇ…」

僕はもう一度、そっと声を出した。

「空、みたいだね」

少年はその言葉に反応を示したようには見えなかった。ただ、ビンを見つめ、何を考えているのか、僕には到底考えもつかなかった。

二人してビンを眺める空間に沈黙が訪れる。沈黙は他の何者も寄せ付けない種類のものなので、息を潜めて誰かが途切れさせてくれる瞬間を待っている。

「…母さんがいるんだ」

不意に口を開いた少年の声は思ったよりもずっと大人びていた。

「僕がこうやってもっていないと、母さんが消えてしまうから…」

行間を拾うことはできないけれど、つまりはビンは渡せないよ、ということらしい。僕は視線を、ビンから少年へと移した。少年は言葉を積み上げていく。

「…母さんは空になったんだ。僕を見守るよって言って、でも世界を包み込むことはできないからって。だから母さんはここにいるんだ」

少年はビンを優しく揺らした。雲模様が心地よさそうに揺れて、また少し外見を変える。ふと、雲の間から太陽が顔を出した。まぶしくて思わず眼を閉じる。

それは一瞬の出来事だった。少年は消え、僕の前には少年が持っていたものと同じ大きさのビンがひとつ転がっていた。でも明らかにそれとは異なるもの。雲模様はない、青色の、やや透き通ったビン。

僕は恐る恐るビンを手にとった。そして、少年がしていたように優しく揺らしてみる。

"…チリン"

ビンにはビー玉がひとつ入っていた。それが何を意味しているのかはわからない、けれど、誰かが意図的に入れたビー玉。揺らすたびに小さな音を立てる。まるで、子守唄を歌うかのような優しい音。僕はただ無心で、優しくビンを揺らした。ビー玉とビンの奏でる音色は、僕を通り抜けて高くなってゆく秋空へと吸い込まれていった。

Fin