旅に出ようと決めたのは、君がすごした場所へと行ってみたいと思ったから。君が写真で見せてくれた景色を、この眼で見てみたいと思ったから。でも、決してそんなことは君に伝えない。僕が君を好きなことは、誰にも言えない秘密だから。

『どこがオススメかって、もしかして、行くの?』

君はちょっと嬉しそうに僕に聞いてきた。僕は君からもらったメモを片手に、今こうして君の過ごした場所に降り立つ。

『駅から降りるとね、右手のほうに小さなパン屋さんがあるんだ。私ね、いつもここに友達とだべってたんだ』

君が過ごしたパン屋が、そのころと同じかどうかはわからないけれど、思ったよりもずっと綺麗な造りで、それなりに繁盛してるようだった。

僕の旅はメモにしたがって進んでいく。君が呼吸するたびに君の肺へと吸い込まれていった空気を、僕もこの肺いっぱいに吸い込みながら、僕らが今住む町よりもずっとずっと高い空の下、僕は歩を進める。

「この道をまっすぐ行ったら、左手に小さなギャラリーがあると思うんです」

タクシーに乗り込んでそう告げると、運転手さんはちょっと考えて

「あぁ、"Blue Sky Gallary"のことかな?あそこ、この3月でつぶれちゃったんだよ。数年前まではいろんなイベントしてたんだけどね」

と教えてくれた。メモ通りに旅は進まなくなったけれど、君への報告ごとがひとつできた。小さな幸せの積み重ねで出来上がるひとつの大きな幸せがあるとしたら、それはきっとこんな形をしてるんだろうと思う。

君に伝えたいことができた。君の過ごした町はたぶん君が過ごしたときと同じような時間の流れ方をしていた、と。ギャラリーはなくなっていて、そのあとには同じような雰囲気の雑貨屋ができていた、と。

帰りの電車が来るまでの時間は、出すことのない君への手紙を書いてみようと思う。

Fin